11月7日(日)の礼拝


説教:「土の器の中に」


Words今週のみ言葉(聖書朗読箇所)から

マタイ3:16「イエスは洗礼バプテスマを受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。」
 イエス・キリストの福音を信じた人は皆バプテスマを受けます。信仰がクリスチャンであることの要件であり,バプテスマはクリスチャンになったことの目に見えるしるしです。イエス様がバプテスマを受けられたが故に,私たちもバプテスマを受けます。イエス様の霊を受け,神様の赦しと愛を胸に抱いて,新たな人生へと足を踏み出すためです。

コリント(二)2:6「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。」
 プロテスタント教会は,バプテスマと主の晩餐式とを二つの礼典として守り続けてきました。新たな人生への出発点にバプテスマがあるならば,その根拠とその恵みとを繰り返し思い起こすところに主の晩餐式があると言えます。バプテスマを通して私たちは宝を内に秘めた土の器となりました。主の晩餐式をとおして,その宝とは十字架の赦しであり,イエス様の命であることを思い起こします。繰り返し,繰り返しです。


*聖書は特に断りがない限り、全て新共同訳聖書(©1987 日本聖書協会)から引用しています。
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